大根畑の愛   Crane

これで、6回目。
さすがに不自然だと思う。いや、思わない方がどうかしていると思う。
『全ての道はラッセル家に通ず。』
そんなわけのわからないことわざらしきものが頭をよぎった。そしてそれはきっと、間違っていない。

・・・絶対に仕組まれてやがる・・・。

今度ギルドに行ったら。今度こそ。絶対に。ラッセル家に・・・いや、ツァイスに関わらない仕事を回してもらおう。いや、今度はロレントでもボースでも、ツァイスから離れたところに行こう。
そう決意して、彼・・・アガットはギルドへ向かっていた。

そう、彼は6連続ツァイス・・・とラッセル家絡みの依頼を片付けていた。
一度目は、素直に喜べた。またあの一家に会えるのは悪くないと、そう思ったからだ。
二度目も、不思議なこともあるものだ・・・となんとなく受け入れられた。幸運だ、位の気分で仕事をしたものだ。
三度目、四度目。よくよく縁があるものだ、と思うと同時に、何かおかしいと思い始めて。
五回目、もしかしたらあの一家に取り憑かれているのでは、と考えて・・・そして今回6回目である。
依頼内容は、エルモ村の畑を荒らす魔獣を追い払うこと。そして、ついでにそこの野菜を買ってくること・・・・辛味大根と、泥つきにんじんと背高ごぼう。
魔獣を倒した、と報告に戻る前に畑の主に連絡があって、「戻るならついでに買って来てほしい」と・・・そうなったわけである。
紅葉亭の女将から摩訶不思議なルートで伝わってきたところによると、買い物のほうの依頼者はギルドだった。
『ティータちゃんも待ってるわよ』という言葉で切れた通信は、今回もやっぱりラッセル家に関わることを示している。
明らかに不自然だった。
それに。

・・・これは、『お使い』と言う奴じゃないのか?

籠を肩にかけ、中に新鮮な野菜をたっぷり入れたツァイスへの道。
別にあの一家に関わるのがいやだ・・・というわけではない。
ただ、何か変だ。絶対に変だ。不自然だ。それが気持ち悪くて、それが偶然であることを確かめたくて、他の依頼を受けたい、そう思うのだ。
だが、依頼を受けてしまった以上は遂行しなければならない。
それは、ギルド所属の遊撃士の定めだった。

ツァイスまで、あと5ミロ。
町は見えていて、導力灯も整備されていて、道も少しずつ舗装されている。
・・・と、一つ・・・人影が見えた。
小さな、赤い服。ちらちら見える金髪と、あのどこか危なっかしい動き・・・。それは、導力灯にはしごを掛けてよじよじとよじ登っているところだった。
こんなところに一人でいるわけがない、いや、居てはいけない・・・はず、なのに。
気持ち足が速まる。目当ての導力灯の下まで行くと、彼はそれ・・・彼女に声を掛けた。
「おい、ティータ!」
「え!?アガットさ・・・」
こちらを振り向いたティータは、バランスを崩して悲鳴をあげる。
「っきゃぁああ!?」
「うあっ!?」
慌ててアガットが手を伸ばすと、ティータの小さな体はすぽっと彼の腕の中に収まった。
「・・・・っ・・・!!」
目をつぶって体を固くしていても、導力灯のランプだけは後生大事にかばっているあたりが、ティータらしい。
「おい、大丈夫か?」
覗き込んで声を掛けると、自分の体に思ったほどの衝撃がなかった事に気づいたのか、ティータの緊張がとけた。目が開かれる。
「えっ・・・、あ、はいっ!ら、ランプは・・・!?」
・・・自分よりランプを気にするのか・・・。
そういうところも非常にティータらしい、とはおもうが。
「お前が持ってるだろ。見たところ割れちゃ居ないようだぞ。」
はた、と気がついたのか、ティータはランプを慌てて点検する。
「あ・・・・・・よかったあ・・・。」
無事を確認すると、ランプを抱きしめてほぅ、っと一息。
アガットはそれを確認してから、ティータを下におろした。
「えと、あのっ・・・ありがとうございました!」
ティータは立ち上がって、ランプを抱きしめると、まっすぐアガットを見上げる。
「ったく、危ねぇだろうが!高いとこに居るときくらいもっと気をつけろ!怪我するぞ!」
ティータの顔がしゅん、と沈む。
「・・・ごめんなさい・・・。」
その表情に、言い過ぎたか、と一瞬そんなことが頭をよぎった。それに、いきなり声を掛けた自分にも非はあるような気もする。
「・・・今度から気をつけろ。それと、・・・俺の方もいきなり声かけて悪かった。」
ぼそ、と呟いた謝罪の言葉に、ティータの目が見開かれる。
「あ・・・はいっ!」
ティータが口にしたのはそれだけだった。ただし、こぼれるような笑顔つきで。
・・・調子が狂う。そんなことを思いながら、アガットは軽く咳払いをした。
「で、見たところ一人のようだが・・・他に人は居ないのか?」
「ええ、そうですよ。コレくらいなら一人でできますし。」
とんでもない返事があっさりと返ってくる。
「一人で出来るような仕事か・・・?」
基本的に、この手の仕事は遊撃士に任されることが多い。切れた導力灯には魔物が寄ってくるため、危険が多いからだ。間違ってもティータのような子供が一人でやるような作業ではない、のだが。
苦い言葉もその中の気持ちも、ティータにはさっぱり伝わっていないようだった。
「ええ。導力灯の交換とメンテナンスくらいなら・・・」
「そんなことを言ってるんじゃねぇ。切れた導力灯の周りが危ないことくらい知ってるだろう。
 なぜ他人に頼まなかった?」
アガットは、ティータののほほんと明るい答えをさえぎった。
一瞬の沈黙。おびえるような表情の変化。
「その・・・町からも近いし大丈夫かな、って・・・」
「大丈夫かな、じゃねえっ!!」
思わず声を荒げる。
「ひゃっ!」
ティータの目がきゅっと閉じられる。が、それに構う気もしなかった。
「町に近いとか遠いとかの問題じゃねえ。魔獣の危険があるからギルドに頼むんだろうが!襲われたらどうする気だったんだ!?」
「そ、・・・・その・・・。」
一歩前に進むと、ティータがひくりと竦む。
「一歩間違えば怪我じゃ済まねぇんだぞ!お前には待ってる人間がいるんだろう?なんだってそう無茶なことばかりする!?」
「あ・・・。」
でも、竦んだのは一瞬だけ。表情は、一度固まって、しゅんと沈んだ。
「ごめんなさい・・・」
小さな体全体に、反省の色が見て取れる。言いたいことは伝わったようだった。それを確認して、・・・沈んだ顔に少々気まずさを感じつつ、口調を少しだけ和らげる。
「ったく。もうこんな真似すんな。・・・わかったな。」
「は・・・はいっ!」
ランプをきゅっと抱きしめてティータが頷いた。
が、頷いた後の視線は、導力灯と腕に抱えたランプをちらちらと行きつ戻りつしている。
「・・・ええと、・・・これ・・・・」
ランプと導力灯を数往復した視線は、最後にアガットを見上げた。
「・・・ここまで来たもんはしょうがねぇ。見張っててやるからさっさと換えろ。」
そこまで気になるのかとあきれ半分で、アガットはため息をつく。
「あ・・・はいっ!」
途端にティータの表情が輝く。
「行ってきます!」
足取りも軽く踵を返すのを見て、やれやれ、と息をつく。
「あ。」
ティータがくるりと振り返った。
「そういえば、アガットさん。」
「なんだ?」
「アガットさんはなんでここに?」
自分の依頼のことも知らなかったらしい・・・きょとん、とした表情。
「エルモからの依頼の帰りだ。
 ついでに野菜買って来いって言ってたのはお前じゃないのか?キリカからそう聞いたぞ。」
不審に思いつつ、籠の中から適当に野菜を取り出して見せる。
「ほら。」
「え・・・
 あ、あの・・・キリカさんが、お野菜分けてくれるっては聞いたんですけど・・・」
「・・・分ける・・・・。」
どうやら、ティータは何も知らないらしい。
後でツァイス受付を問い詰めてやる。そんなことを思いつつ、手にもった大根を睨みつける。
と。
・・・!
殺気を感じた。
とっさに殺気からティータを庇って立つと同時。右手からヒツジンが飛び掛ってくる。
「っ!」
重剣を抜いている暇はない。手に持っていた大根を盾代わりに振ると、バキィッと景気のいい音と共に大根が折れた。瑞々しい飛沫があたりに飛び散る。
「え、え?」
「魔獣だ。ティータ、俺から離れんじゃねぇぞ!」
何が何やら判っていないティータに怒鳴りながら。もったいない、と一瞬思いつつ、アガットは手に持った残り半分の大根を投げつけて、背の重剣を引き抜いた。
ヒツジンは、飛沫と共に飛んできた大根にひるんだのか、一瞬硬直して、一歩飛び退る。隙を逃さず一歩踏み込んで、重剣を叩き付ける。
うなる剣気は炎となって、ヒツジンを焼いた。
「でりゃぁーーーっ!!」
炎に巻かれたそれに、とどめの一撃。
重い音と共に、ヒツジンはセピスを散らして事切れた。
・・・これだけか?
周りを隙なく見回す。殺気はもう感じない・・・一匹だけだったらしい。
振り返ると、振り返った先のティータは、半ば呆然としている。
「おい、怪我はないか?」
声を掛けると、ティータはびくりと背を伸ばした。
「・・・あ、はい、大丈夫です。」
しかし、次の瞬間顔を紅潮させてアガットに駆け寄ってくる。
「あの、ありがとうございましたっ!」
ランプは後生大事に抱えたままだ。
元気そうな姿にやっと一息つくと、ぺこりと頭を下げる視線を、指先で導力灯に向ける。
「礼はいい。さっさと交換して来い。また魔獣が来るぞ。」
「あ、はいっ!」
今度は慌ててはしごを登っていく。それを確認すると、アガットは導力灯の傍に立って、あたりを見回しながら息をついた。
「ふぅ・・・。」
普通、切れた導力灯の周りには、魔獣が波状攻撃を掛けるかのように襲い掛かってくるのだが、何故かあの一匹だけしか来なかった。妙なこともあるものだ、と思いつつも油断はせずにあたりを睨みつける。
「・・・っと、よしっ!」
上から明るい声が響く。見上げると、ティータが古いランプを持って下りてくるところだった。
「・・・終わったか。」
これでしばらくは魔獣の心配はしないでいいだろう。
ティータは、はしごを用心深く降りると、導力灯を持ってこちらに笑み返った。
「お待たせしました。これで大丈夫ですっ。」
「ああ、ご苦労だったな。
 ・・・たく、コレがお前一人だったらどうする気だったんだ。」
「その・・・一応、導力砲は持ってきていたんですけど・・・」
導力砲を抱え、一人で戦闘するティータを想像すると、背筋が寒くなった。
「お前一人で蹴散らせると思ったのか?」
自然声も低くなる。
「・・・・・・。」
ティータは別に戦闘能力がないわけではない。弱いわけでもない。ただ、気がやさしいのだ。
とどめをささないで、魔獣が逃げてくれるのを期待する・・・そんなところがある。
悪いところではなく、むしろいい点なのだが・・・・この場合は危険を増すだけだった。
「今度からちゃんとギルドに頼むんだ。いいな。」
「あ・・・はいっ。」
見上げる目線は相変わらずまっすぐで、一生懸命だった。
「それでいい。
 それじゃ行くか。ツァイスまで送ってやるよ。」
「え、あ、・・・ありがとうございます。」
ティータがランプを注意深くかばんにしまうのを見ながら、導力灯に掛かりっぱなしだった携帯式はしごをたたんで肩に掛ける。
「あ、アガットさん。いいですよ、私持ちますから。」
慌ててティータが手を差し出した。
「これくらい大した事じゃない。お前はそのランプだけしっかり持ってろ。」
そう言うと、ティータの視線が大根の一本減った野菜籠とはしごの間を行き来する。
「でも・・・お野菜も重そうなのに」
「前にも言っただろう。お前とは鍛え方が違うんだよ。分ったらさっさと行くぞ。」
一つため息をついて踵を返すと、ティータも慌てて駆けてきた。
「あの、あのっ!アガットさん!」
「今度は何だ。」
振り返ると、自分の影の中にティータが入っていた。
「そのっ・・・顔が・・・」
「はあ?」
怪訝に思って問い返すと、ティータの視線がせわしなく泳ぐ。
そして、視線が泳ぐこと二秒、ティータは自分のポケットから布切れを取り出した。
「えとっ、ちょっとかがんでくださいますか?」
「あ・・・ああ。」
言われるまま、少々屈んでみる。精一杯背伸びしたティータの顔が妙に近い。
と、機械油の匂いのする布が口元から頬にかけて通り過ぎた。
「よし、これで大丈夫です。」
照れたように笑って布を一振りすると、大根の欠片が振り落とされる。
「なんか、泥つきの大根食べたみたいな顔になってたから、気になっちゃって。」
さっきの戦闘の名残だろう。よっぽどひどい顔をしていたらしい。
「それ位言えば済む話だろうが・・・。」
言いながら背を伸ばす。
「・・・まあいいか。行くぞ。」
「はいっ!」
はしごと剣と籠を持ち直すと、ぱたぱたとついてくるティータに合わせてアガットは歩き出した。


遊撃士協会にはさほど掛からずについた。
「よう。」
「こんにちは、キリカさん。」
ギルドのドアをあけると受付のキリカが出迎えた。
「ああ、ご苦労様。野菜はこっちに頂戴。遅かったわね。」
遅かったと言う割に、キリカは平静そのものである。
「それにティータも一緒なのね。どういう風の吹き回しかしら?」
「ああ、ちょっとあってな。」
言いながらアガットは野菜を肩からはずした。
「導力灯のメンテナンスしてたら行き会ったんです。」
ティータがキリカに説明する。
「街道で一人で放っとく訳にもいかなくてな。」
適当な場所に籠を下ろしつつ、一つため息。
「一人で?町に近かったとしても危ないわね。」
キリカが窘めるように言うとティータはしゅん、と頭を下げた。
「・・・・すみません。」
「今度からは護衛だけでもギルドに頼みなさい。良いわね。」
「あ・・・はいっ。」
ティータが元気よく返事すると、キリカは満足そうにうなづいてアガットのほうを向いた。
「アガットもご苦労様。代金を払うから領収書を見せてくれるかしら?」
カウンターに領収書を差し出すと、キリカは領収書と籠の中身を検め始めた。
「大根一本足りねえ筈だから、もう一度取りに行かなきゃならねえんだが・・・」
「・・・確かに足りないわね。貴方ともあろう人が、一体何があったの?」
キリカはアガットを見据える。
「途中で魔獣に襲われてな。一本ダメにしちまった。」
ため息混じりに籠を見やると、ティータが受付のカウンターに手をついた。
「あ、あのあのっ!
 アガットさん、私を庇おうとして大根で戦ってくれたんですっ!」
キリカを見上げる視線は真剣そのものである。
「ふむ・・・」
「おい・・・・」
しかし、アガットの声はティータに届かなかったようだった。
「だから、私のせいなんですっ!ごめんなさいっ!」
そう言って深々と頭を下げる。
「馬鹿。別にお前のせいなんかじゃねえ。」
その頭をぐい、と上にあげると、ティータは顔を真っ赤にした。
「でもでもっ!」
「お前には関係ねぇだろ。」
なんで人のミスまで被ろうとするのか。イラつきが声に出たところで、キリカの冷静な声が響いた。
「確かにとっさの事とはいえ依頼品の野菜で戦ったのはアガットのミスね。
 でも、・・・・まあいいわ、大根のおかげでティータに怪我がないのなら。
 それに、これは私からの依頼だし。」
そう言ってお金の袋を取り出すと、それをそのままアガットに渡す。
「じゃ、コレが報酬ね。」
「おいおい。代金も失敗分も何も引いてねえだろが。」
封された袋を押し付け返すと、キリカは冷静にそれを押しとどめた。
「ティータの護衛をしてたのでしょう?緊急依頼扱いだから、その分でチャラよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
護衛代はタダ同然、なのか。失敗分を思い切り差し引かれた計算になるのか。
どちらにせよ、今回の依頼はおしまい、らしい。
どうにも腑に落ちない、という顔をしている間に、キリカはどこからともなく袋を二枚出した。その中に野菜が種類ごとに半数ずつ詰められていく。
「何やってんだ?」
「見てのとおり野菜を詰めているのよ。」
「あの、お手伝いしましょうか?」
ティータがかがみこむと、キリカは微笑んで片方の袋をティータに預けた。
「野菜、約束どおり半分わけるわね。」
ティータの目が見開かれる。
「え・・・あ、はいっ!ありがとうございますっ!」
びっくりしたように嬉しそうに袋を抱えると、ティータはぴょこん、と礼をした。
「大根と、にんじんと、ごぼうと・・・結構ありますね。」
「持てないようだったら、アガットにでも運んでもらいなさい。」
袋にてきぱきと野菜を詰めつつ、とてもとても勝手な会話が繰り広げられている。
「え、でも・・・。」
不安げに見上げる視線に「誰がやるか」とは言えなかった。
「いいぜ、それくらい。」
「でも」
ティータの視線が野菜入りの袋に落ちる。
「でもじゃねえ。ガキのくせに遠慮すんな。」
身を低くして真っ赤な帽子を小突くと、ティータの顔にぱっと笑顔が広がった。
「ありがとうございますっ!」
こうも素直に反応されると、二の句が非常に継ぎにくい。調子が狂う。
「あ、ああ・・・。」
曖昧に返事をしているうちに、野菜入りの袋の片方はキリカによってアガットの腕に収まっていた。


ギルドを出る事が出来たのは、夕方だった。
「アガット、ティータお疲れ様。またいらっしゃい。」
そんな声に送り出されたツァイスの町の帰り道。
ランプ片手のティータが嬉しそうにこちらを見上げる。
「そうだ、アガットさん。今夜はうちで夜御飯一緒にどうですか?
 せっかくお野菜いただいたし、今日はお世話になったのでご馳走しますよ。」
「あ?馬鹿、気つかってんじゃねえよ。」
袋を片手にパタパタと手を振ると、ティータがしゅん、とうなだれた。
「でもっ、せっかくですし・・・それとも、迷惑・・・ですか?」
この声音、この表情。ティータに罪はないが、アガットにとっては苦手なもの第一位だった。
「う・・・。
 べ・・・別に、迷惑なんかじゃねえ。」
「じゃあ・・・」
アガットは期待に満ちた声から目をそらした。
「ああ・・・わかった。馳走になる。」
言って、しばし。視線をちらりとティータに戻すと、ばっちり目があってしまった。
「えへへっ、ありがとうございます。」
「べ・・・別に、礼を言われるような事はしてねぇだろが。」
どもりつつ、そう口にすると、ティータははにかむ様に笑った。
「でもっ。アガットさんが一緒だと、御飯がいつもよりおいしく感じる気がするんですっ。」
「・・・っ・・・・」
言葉を詰まらせたこちらには気づいていないのか、嬉しそうにパタパタと駆けて行く。
この笑顔には、かなわない。
この純粋っぷりにも、かなわない。
「ったく・・・・」
一つ目を閉じて、息をつく。
頭に手をやると、前方からティータの元気な声が聞こえてきた。
「アガットさん、早く帰りましょう。今日はブリ大根にしますね!」

『お兄ちゃん、早く帰ろう。今日は何かなあ?』

目の前の少女と妹の姿がダブった。
「ああ。」
照れた気持ちの上に穏やかな気分がかぶさる。
少し早足で追いつくと、アガットはティータの帽子の上に手を置いた。
「ふぇ?」
「その・・・なんだ。・・・・・ありがとな。」
一瞬時間が止まって、ティータが笑った。
「えへへ、どういたしまして。」
それは心のそこから嬉しそうな笑顔だった。



結局。
アガットは、他の町に行く旨を言い出せず、ツァイスの町で8回目の依頼を受けている。
ツァイス支部に所属する事になるのも時間の問題ではないのか、とこっそりひそひそ噂になっている事や、その噂を聞いたキリカが満足そうに笑っていた事は、もちろん彼の預かり知らぬところである。


Crane>>>Lumber Room



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