INDEX(非常口)

トマトサンド (後編)

包み込まれるような、優しい感触。何処からというわけでもなく広がってくる安堵感。
目を覚ましてしまうと全て消えてしまいそうで、目覚めつつある意識に小さく抗う。
(もう少し・・・)
懐かしい感触だった。それを何だったか思い出そうとして・・・すぐに思い当たった。
(お父さん)
ここのところ、もうずいぶんと逢っていない父親。
その感じに似ている。
けれど、父親とは違う匂い。
知らない匂いだが、不思議と嫌な匂いでは無かった。むしろ何処か安心できる。
包み込んでくれているその感触は、少々重さは感じるものの不快ではなかった。
(・・・だれ?)
父親と似たような包容感でありながらまったく違う匂い。
その主を捜そうとティータはうっすらと目を開けた。
ぼやけた視界に最初に入ってきたのは自分の髪。見慣れた金髪の向こうには、浅黒い肌。
頭の下にあるのは枕ではない。太く、がっしりとしている。同じような太さの、その浅黒い肌の持ち主から伸びて、内に収めて守るように、ティータの細い身体を包み込んでしまっている。
「・・・ふぇ?」
寝ぼけ眼で顔を上げると、次に目に入ったのは鮮やかな紅い髪。
「・・・・・・アガット・・・さん?」
深く伏せられた瞳。規則正しい呼吸。
ティータの眼前いっぱいに広がっていたのは、間違いなくアガット・クロスナーその人。
語尾が疑問系になってしまったのは、そこにあった顔が見慣れない表情を浮かべていたからだ。
恐らく、まだ一度も見たことの無かった穏やかな顔。
考えてみれば簡単な話である。
彼に会ってから今日までずっと側で過ごしてきたが、常に緊迫した状況だったのだ。そんな状態でゆっくりくつろげるはずがなく、当然まともに眠れたこともないだろう。
ちょっぴりどきどきしながら、その寝顔を見る。
こんなに近くでこの人の顔を見たことはなかったかもしれない。
これまでに見た表情は、怒っている顔と、怒鳴っている顔と、難しい顔と、呆れた顔と・・・。
(・・・困らせている顔ばかり)
でもいまは違う。
緊張もなにもなく、安らいだ顔。いつもみたいに眉を寄せていない。意外なほどに寝息も小さい。
これは、なんだか・・・。
(・・・アガットさんの寝顔って・・・・・なんだか可愛いかも)
嬉しくなって、起こしてしまわないようくすくすと笑いながらその寝顔を見る。
彼はティータにだけはきちんと毛布を掛けていてくれて、自分はあまり被っていない。それに気が付いて腕を伸ばそうとするが横になったままの姿勢では難しく。
それだけでなく、ちょうどよく収まる感じでアガットの腕の中に納められるティータは身動きできない状態でもあった。
そこから何とか抜け出そうとしてみるが・・・不用意に動くと起こしてしまいそうだ。
(どうしよう)
動けない。でも、抜け出なければ。
ほんの少しだけ身体をずらしてみる。腕の下をかいくぐれば何とか抜け出せそうだった。
少しずつ、少しずつ。
後もう少し、とまで来たところで、頭上で小さな声が聞こえた。
(・・・わわっ?)
言葉を形取っていない声と同時、アガットの腕が抜け出そうとしているティータの頭を引き寄せて、そこで止まった。
胸板に押しつけられて、さらに身動きがとれない状態になる。
(ど・・・どうしよう〜)
苦しいわけではない。
けれど、この状態で無理に出ようとすると間違いなく起こしてしまうだろう。
悩んでいると、もう一度アガットが動いた。頭にあった手が離れる。大きく開いていって、今度は仰向けの姿勢に。
(よ、良かった)
これで安心して起きられる。
起きあがり、また捕まってしまわない内にベッドから降りる。
自分にたっぷりとかかっていた毛布をアガットにかけ直して考える。
「えぇっと・・・。なんでこんなことになっているんだっけ」
確か、アガットさんと一緒に晩ご飯を食べようと思って。
でもそうしたらアガットさんが眠っていて、それを見ていたら自分もなんだか眠たくなってきて・・・。
「そのまま寝ちゃったんだ・・・」
ということは晩ご飯は食いっぱぐれたということだ。
「あうぅ・・・。楽しみにしていたのにぃ」
さすがは宮廷というだけあって、その料理の豪華さたるや。見たこともない料理や味付けはちょっとした楽しみだった。
「・・・あぅ?」
一体どれほどの値段がするのか、一目に高級そうな小さなテーブルの上。
ベッドのすぐそばまで寄せられたそれは、寝床に入っても小物を置けるようにとの配慮だ。
そこに、入ってきたときには見えなかったものが置いてある。
テーブルにはトマトサンドがお皿に半分・・・と、殴り書きのメモ。
『苦くないから食っとけ』
「ぷっ・・・くすくす・・・」
いつぞや、にがトマトを・・・自分の代わりにむくれた顔で食べていた彼を思い出す。
それは、本気なのか冗談なのか、はたまた彼流のユーモアなのか。
「ありがとうございます、アガットさん。」
ティータは、寝ているアガットに顔を寄せて微笑みかける。
「・・・あ。」
・・・気のせい、なのかな。
でも、少しだけ、彼が笑ってくれたような・・・そんな気がした。
彼がそんなことで笑ってくれるはずはないが、そうだったら素敵だな、と思う。
どうやらメイドの人に頼んで運んできて貰ったらしい。即席で作られたようなトマトサンド。
夜食だったのか、それとも夕食なのか。もしこれを夕食としていたのだとしたら・・・。
「起こしてくれても良かったのに・・・」
きっと、気遣って起こさないで居てくれたのだろう。ティータを一人残して自分だけ夕食を食べに行くような人でないことは知っている。
改めて感謝して、ティータはベッドの脇に座って手を合わせる。
まずは一口。
丁寧に煉って焼き上げられたパンは充分香ばしくて、時間が経って少しばかりしなれているがおいしさは損なわれていない。まさにプロのわざというやつだ。
しっかりと味わって、飲み物がないことに気が付いた。ベッドから降りて水差しを取りに行こうとしたところで声を聞いた。
「・・・ティータ?」
「わ!アガットさん、起こしちゃいました?・・・びっくりしたー」
「朝か?」
「はい!もうすっかり朝ですよー。おはようございます」
「あぁ」
それだけ返事をしてアガットは軽く頭をふった。眠気を覚ますための行動なのだろうか、動物めいて見えるその行動に、ティータの口元に微笑が浮かんだ。
「何だ?」
「いえ・・・あ、サンドウィッチ、ありがとうございました」
サイドテーブルの皿を見てアガットが唇の端をつりあげる。
「苦くなかっただろう」
「はい!とーっても美味しかったです!あ、でも、私の所為でアガットさん夕食食べられてないんじゃないんですか?」
アガットの分の水を用意して両手で差し出してくる。それを受け取りつつ、目尻を下げているティータに軽く言う。
「かたっ苦しい中で喰うよりこっちの方があっているから気にすんな。それより、まだ余っているぞ」
「あ、はい。アガットさんも一緒に食べましょう♪」
「俺は昨日喰った。お前が全部食べろ」
「・・・でも。それじゃぁアガットさん朝食どうなさるのですか?」
一瞬思案顔になったアガットの隙をついてティータが微笑む。
「ひとりでご飯食べてもつまんないです。一緒に食べましょうっ。そっちの方がずーっと美味しいですよ。お部屋に持ってきて貰えるように言ってきますね」
「おい・・・・・・ったく。わぁーったよ。ただし、じーさんも呼んで来いよ。昨日の晩から孫が行方不明だったんだから心配してるぞ」
「はーい。あ、アガットさん、何かリクエストありますか?」
「・・・そうだな」
目線が下りる。以外に・・・というより、期待以上に美味かったトマトサンド。
「これをもう一皿。あとはお前の好きにしろ」
「はい!じゃぁ、おじいちゃん連れてきますんで。待っていて下さいね」
笑顔と金の奇跡を残してティータが扉の向こうに消えていった。
数分後に、ティータがラッセルの手を引いて戻ってきた。それから間もなく色とりどりの朝食をトレイに乗せてメイド隊が入ってきた。
喜々として朝食に手を伸ばし、その味に評価を付け合う二人を横目で見ながら。
こんな事もたまには悪くないだろう、と、アガットはトマトサンドにかじりつくのだった。




管理人の日記と和さん宅の日記が交換状態と化してしばらく経った頃、アガット&ティータの話題になったことがありました。
日記見てみたら9月上旬(笑)大型狼と仔犬みたいだって話から、気がついたら想像が膨らんでて。
「書いてくださいよー」という話になり、結局各自妄想した分の責任はとるというか、合作という話になりましてこうなりました♪
龍さん、アホ文に付き合ってくださりどうもありがとうございました><
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